マイナー・コンポーザー・リコマンド


*作曲者名にリンクのあるものは、文章での紹介のある作曲家です。
*作品は、代表作というより、この作曲家について僕が知っている曲名です。
*一口メモは、キーワード的なもので、相当、恣意的に書いてます。
作曲家生没年出身国作品一口メモ
アダムス、ジョン
ADAMS,Jhon Coolige
1947-アメリカ「シェイカー・ループス」
「中国のニクソン」
自称「ミニマリズムに飽きたミニマリスト」
イベール、ジャック
IBERT,Jacques
1890-1962フランス「寄港地」
「海の交響曲」
印象主義+新古典主義?
ウィアー(ウェイア)、ジュディス
WEIR,Judith
1954-イギリス「チャイニーズ・オペラでの夜」
「消えた花嫁」
「和解のレクイエム」戦後組
ウェストブルック、マイク
WESTBROOK,Mike
イギリス「ビーン・ロウズ・アンド・ブルース・ショッツ」ジャズの語法
オアナ(オハナ)、モーリス
OHANA,Maurice
1914-フランス「シナクシス」
「神託の祭式」
多国籍作曲家
カウエル、ヘンリー
COWELL,Henry
1897-1965アメリカモザイク四重奏曲ピアノの内部奏法考案
カスケン、ジョン
CASKEN,John
1949-イギリス歌劇「ゴーレム」
カーター、エリオット
CARTER,Eliot
1908-アメリカ弦楽四重奏曲
管弦楽のための協奏曲
アイヴスの朋友
ガーゼ、ニールス
GADE,Niels
1817-1890デンマーク交響曲
「魔王の娘」
デンマーク音楽の父?
カリンニコフ、ヴァシリー
KALINNIKOV,Vasily
1866-1901ロシア交響曲第2番
杉としゅろ
結核で早逝
カロミリス、マノリス
KALOMIRIS,Manolis
1883-1962ギリシア交響曲第1番「レヴェンディア」ギリシアの大作曲家
カンチェーリ、ギヤ
KANCHELI,Giya
1935-グルジア交響曲7曲
エクシール
静謐と爆発
コペレント、マルク
KOPELENT,Marek
1932-チェコオラトリオ「彼女は本物である」「和解のレクイエム」に参加
コリリアーノ、ジョン
COLIGLIANO, John
1938-アメリカ歌劇「ヴェルサイユの幽霊」
交響曲第1番
エイズを扱った初の交響曲?
ジェウスキ、フレデリック
RZEWSKI,Frederic
1938-アメリカ「カミング・トゥゲザー」
「アッティカ」
社会・政治的ミニマリスト
シサスク、ウルマス
SISASK,Urmas
1960-エストニアピアノ曲集「銀河巡礼」バルト三国注目株
スクリャービン、アレクサンドル
SKRIABIN,Aleksandr
1872-1915ロシア交響曲5曲
ピアノソナタ10曲
徹底した神秘主義
ステンハンメル、ヴィルヘルム
STENHAMMER,Wilhelm
1871-1927スウェーデン交響曲第2番スウェーデンのワーグナー
セムゾー、ティボル
SZEMZO,Tibor
「水の不思議」ミニマル
ターネジ、マーク=アントニー
TURNAGE,Mark-Anthony
1960-イギリス歌劇「グリーク」「3人の絶叫する教皇」若手人気ナンバー1、バーミンガム響の座付作曲家
ダルバヴィ、マルク=アンドレ
DALBAVIE,Marc-Andre
1961-フランス「王冠」
「透明な鏡」
「和解のレクイエム」、ブーレーズのお気に入り?
タン・ドゥン
TAN DUN
1957-中国「マルコ・ポーロ」シアトリカルな作品
デッサウ、パウル
DESSAU,Paul
1894-1979ドイツ「ルクルスの判決」
交響曲
社会主義作曲家
ディットリヒ、パウル=ハインツ
DITTERICH,Paul-Heinz
1930-東ドイツ「ストレッタ」
「匿名の声」
早くから西側に認められた
デニソフ、エディソン
DENISOV,Edison
1929-ソ連カンタータ「インカの太陽」多様式主義
トゥーッカネン、カレルヴォ
TUUKKANEN,Kalervo
1909-1947フィンランド交響曲第3番「海」ロマン主義
トゥール、エルッキ=スヴェン
TUUR,Erkki-Sven
1959-エストニアオラトリオ「世の終焉の前に」多要素の衝突
トーキー、マイケル
TORKE,Michael
1961-アメリカ「イエロー・ページズ」"argo"系
トルミス、ヴェリヨ
TORMIS,Veljo
1930-エストニアクッレルヴォのことずて民謡による合唱曲作曲家
トローバ、フェデリコ、モレノ
TORROBA,Federico Moreno
1891-1982スペインソナティナ
「スペインの城」
ギター曲、サルスエラなど
ツェルハ、フリードリヒ
CERHA,Friedrich
1926-オーストリア「シュピーゲル」
歌劇「ねずみ捕り」
「ルル」三幕を補筆
ツェムリンスキー、アレクサンダー
ZEMLINSKY,Alexander von
1872-1942墺〜米抒情交響曲シェーンベルクの師
ニールセン、カール
NIELSEN,Carl
1865-1931デンマーク交響曲第4番「不滅」デンマークの大作曲家
ノールハイム、アルネ
NORDHEIM,Arne
1931-ノルウェー「グリーティング」
「ネノリス」
「和解のレクイエム」
J.ハービソン

バビット、ミルトン
BABBITT,Milton
1916-アメリカ「弦楽オーケストとテープのためのコレスポンダンス」数学者作曲家
C.ハルフテル

A.ヒナステラ

M.フィニスィ

C.フィットキン

アンドレ・ブークルシュリエフ
BOUCOURECHLIEV,Andre
1925-ブルガリア〜仏
M.フェルドマン

W.フォルトナー

ベック、コンラート
BECK,Conrad
1901-1989スイス無伴奏チェロのための3つのエピグラム フランス新古典主義。「中庸の道徳」
ブリッツスタイン、マーク
BLITZSTEIN,Marc
1905-1964アメリカ「空輸」交響曲
アメリカンスペクタクル
ブソッティ、シルヴァーノ
Bussotti,Sylvano
1931-イタリア「ラーラ・レクイエム」
「ベルククリスタル」
マルチ芸術家
ブゾーニ、フェルッチョ
BUSONI,Ferruccio
1866-1924イタリア
未来音楽の論客
P.ヘラウェル

H.ヘンツェ
1926-
多ジャンル多作、キューバ好き?
H.ホリガー

K.フーバー

J.マクミラン
1959-スコットランド「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」
B.マルティヌー

L.メリシュ

J.メトカーフ

F.モンポウ

I.ムーディ

R.モラン

E.リドル

A.ルリエ
1892-1966ロシア独奏ヴァイオリンと弦楽合奏のための室内協奏曲未来主義〜新古典主義
B.ランズ

K.ライネッケ

W.リーム

H.ロット

若死代表
P.ロビンソン

A.ロイド・ウェッバー


ADAMS,Jhon.Coolige. ジョン・アダムス (1947-:アメリカ)


 この人について(日本語で)書かれた文献を手に入れるのに、まず一苦労。筆者も、下に紹介した音源しか聴いたことがないのです。さて、資料によると、ハーヴァード大学で学んだ後、実験性を求めて、西海岸へ移住する。このアカデミックと実験の折衷的語法がアダムスの特徴ともいえる。彼のスタイルとして、良く知られているのが、「ポスト・ミニマル」。ミニマルという実験的な手法を使いながら、そのサウンドは、伝統と決別しない響きを持っている。アダムスがと自らを呼ぶように、はっきり言ってミニマル・ミュージックもいいが、すぐ飽きる、とか、そもそもミニマルを受け付けない、などという人にお勧めしたい人です。また、オペラは、それなりに有名なようです。エド・デ・ワルトが、サンフランシスコ交響楽団と録音しているものがうちにあって、ちょっとした愛聴盤です。「シェイカー・ループス」は、四つの部分からなるのですが、音のうごめきが、単なるミニマルではなく、興奮があったり、詩情があったりで、印象派的なキレイさと、オスティナート的な高揚がある気がします。なんか、日本的にも思えるサウンドです。そう、ミニマルではなく、オスティナートなんですよ。テリー・ライリーよりもずっと伊福部昭的に気分の良いサウンドと言えるかもしれませんね。
 

IBERT,Jacques ジャック・イベール (1890-1962:フランス)

 イベールは、有名なのですが、いまいち、メジャー入り出来ないポジションを長年守っている作曲家です。パリ音楽院のローマ大賞というフランスの作曲家の道を彼も通っている。ドビュッシー、ラヴェル、現代に入ってメシアンという流れの中で、イベールを有名にしているのは、ウィットの部分。ただ、プーランクほどマニア人気はないので、半端な位置にいるのが残念。有名な「寄港地」などより、「サクソフォン協奏曲」に注目。

WEIR,Judith ジュディス・ウィアー(ウェイア) (1954-:イギリス)

 僕が知っているウィアーは、世界の錚々たる作曲家14人のコラボレーション「和解のレクイエム」に戦後組として参加したことぐらい。しかし、基本的に悲劇的で、不協和音の連続するこのレクイエムの中で、彼女の「サンクトゥス」だけは、明るく天上的な響きに満ち、耳に残った。ウイアーは、イギリスでは、多くの団体のコンポーザー・イン・レジデンスになり、「チャイニーズ・オペラでの夜」、「消えた花嫁」などオペラ、劇場作品で活躍しているという。

OHANA,Maurice モーリス・オアナ(オハナ) (1914-:フランス)

 イギリス人とスペイン人のハーフとしてカサブランカ生まれたオアナは、ローマとパリで音楽の勉強をした多国籍作曲家だ。で、民俗的なものに接近しつつ、前衛作曲家として、微分音程、不確定性、電子音響といった手法を使い、その再創造を目指す。もっと、紹介されて然るべき、異色の作曲家なのだが、かくいう僕も、そんなに彼の作品に触れる機会が多いわけではない。「高貴なお花の3つの物語り」には自分のオハナという名をいれて日本の能に接近している。

CARTER,Eliot エリオット・カーター (1908-:アメリカ)

 なぜ、カーターを載せてしまったのか?別にマイナーではないじゃないか。そうではないのだ。現在の日本のクラシック鑑賞状況から、考えるとアメリカの作曲家は総じて不遇なのだ。なぜだ?クラシック後進国だからか?いやいや、日本のコンサートプログラムは、ドイツ、フランス、イタリアの周辺諸国ばかりで、英国、アメリカは結構はぶんちょにされている。それに、アメリカの作曲家は、現代的か、妙に商業音楽にコビを売っているように見られがちなのだ。前者は、アイヴスやケージのイメージ、後者は、ガーシュウィンにバーンスタインのイメージ。さて、カーターは、ニューヨーク生まれで、ブーランジェ組というアメリカ−ヨーロッパの伝統−革新の良いスタンスにいる気がする。

BABBITT,Milton ミルトン・バビット (1916-:アメリカ)

 フィラデルフィア生まれ、作曲家にして数学者。かのロジャー・セッションズの弟子。最初のうちは、どうやらヴァレーズとかストラヴィンスキーに影響をうけてたようですが、それから、12音技法に接近し、結局、アメリカの12音技法の代表者的存在になり、理論的体系化をした人です。さらに、12音技法の音高以外への追及から電子音響にも接近して、シンセサイザーを愛用。59年からは、コロンビア=プリンストン電子音楽センターの所長になり、大きなシンセサイザーを手に入れることができました。良かったですね。「弦楽オーケストとテープのためのコレスポンダンス」は1967年に完成した作品。この曲の入っているジェイムズ・レヴァイン--シカゴ交響楽団のケージ、バビット、カーター、シュラーをカップリングしたCDは、アメリカの20世紀半ばの音楽を知れて良いです。

BLITZSTEIN,Marc マーク・ブリッツスタイン (1905-1964:アメリカ)

 こんな言い方もないが、この人は、B級度が高い。決して、良質の作曲家ではない。マイナーだ。うちの辞書にはどれ一つ、その名前を見い出すことが出来ない。何で知られているか、かのレナード・バーンスタインが若い頃、指揮し、録音を残しているからである。いわゆるアメリカ的作曲家は、ショーマンシップに富んでいて、商業主義の中での巧妙心がある。それは、善し悪しとは関係なく、ブロードウェイ的、ハリウッド的なのかもしれない。ブリッツスタインは、ナディア・ブーランジェとシェーンベルクに師事している恵まれた生徒だが、やはり、「劇場」的な作曲家だ。それもむしろ、スペクタクル系。ちなみに、アメリカの時代関係を確認しておこう。彼の活躍期は、第二次大戦中。この頃のアメリカの音楽界はと言うと、まず、ガーシュインは、1937年に死んでいる。アイヴスは、1930年に引退していた。1944年、はコープランド(やはり、ブーランジェに師事)が、「アパラチアの春」でピューリッツァー賞をとっている。リロイ・アンダーソンは、この頃、ニューヨークで編曲家をしている。1939年からハーヴァードで講義を開始したストラヴィンスキーの他、戦時中は、ヨーロッパから多くの作曲家が、アメリカに逃げてきていた。ヒンデミットも1940年に渡米している。そして、レナード・バーンスタインは、1918年に生まれ、1943年、ワルターの代役で、デビューである。因に、終戦の段階では、彼の手兵はニューヨーク・シティ交響楽団で、ブリッツスタインの録音も、ここで行われている。
 世に交響曲のタイトルはいろいろあるが、「空輸」ほど、感性的でないのも珍しい。バーバーの第二交響曲のように、愛国心を鼓舞するための作品として作られたが、楽譜を紛失し、終戦に間に合わなかった。ブリッツスタインには、あまり再筆する気はなかったようだが、レニーが、これを薦めた。「復元したら、うちで初演するよ」ってな感じである。そしてこの、「管弦楽、合唱、語り手、そして歌い演じるソリストのための劇的シンフォニー」(ブリッツスタイン)が録音されたわけである。とにかく高揚的な作品で、3つの楽章がそれぞれ、4〜5曲でできているというものものしさ(といっても、全体は決して長くはない)。それは、ブリッツスタインの兵士としての体験のシンフォニーなのだ。別に、薦めはしないが、日本でこれを聴くには、「若き日のバーンスタイン〜コンプリートRCAレコーディングズ1946-1949」(BVCC-8157-60)を手に入れるしかない。その4枚目がブリッツスタインに割かれている。4枚目だけを聴くのでなければ、手に入れる価値はあります。

BOUCOURECHLIEV,Andre アンドレ・ブークルシュリエフ(1925-:ブルガリア〜フランス)

 ブークルシュリエフさんは、なぜか、日本では無名らしい。ブルガリアのソフィアで生まれ、ピアニストを志してパリヘくる。ワルター・ギーゼギングにも師事している。さて、時代は、前衛音楽運動の真っただ中。ブークルシュリエフは、ダルムシュタットの夏期講習に参加、ミラノの電子音楽スタジオ(マデルナ、ベリオの)やフラン放送の実験グループで活躍したという。やはり、ブーレーズや、マデルナ、ベリオの影響か?彼は、さらに、ヨーロッパに紹介され始めていた「偶然性の音楽」を 「開かれた、かつ流動的な形式」として意欲的に取り組んだ。彼は、前衛作曲家であると同時に、研究者としても有名だったらしい。パリ・エコール・ノルマルとエクス・アン・プロヴァンス大学で教鞭をとり、ベートーヴェン、シューマン、ストラヴィンスキーの研究をしている。ピアニストになっていたら、そんなレパートリーを持ちながら、現代音楽を紹介できる良いピアニストになっていたのかもしれない。戦後30年の前衛作曲家を紹介した「MUSIQUE DE NOTRE TEMPS」というフランスの4枚組みのCDがあって、そこに、メシアン、ブーレーズ、ケージ、シェフェール&アンリ、デュティユー、オアナ、ベリオ、ルトスワフスキ、リゲティとともに、ブークルシュリエフの「アナシペル」が収録されている。彼には「群島(Archipel)」というシリーズがあり、その最後のツィクルス、6奏者のための群島第5番が、このアナルシペルである。これは、Archipelに否定の接頭詞anがついたAnarchipelという意味で、Anarchy(アナーキー)という語に通じる。非-作品すれすれの緊張が、あらわれているタイトルだ。

Bussotti,Sylvano シルヴァーノ・ブソッティ (1931-:イタリア)

 実は、ブソッティもそんなにマイナーではない。辞書にもちゃんと載っている。国際現代音楽祭も常連。いわゆる現代音楽の中で、僕は以外とブソッティの音楽は愛好できる。現代音楽だから、思弁的な背景もあるが、ブソッティは、実は、とても、多才だ。作曲家であり、美術家であり、台本作家、役者でさえある。総合芸術としての舞台を支えるマルチな才能だ。事実、「ブソッティオペラバレー」の監督で、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場の総監督でもある。文学的才能からか、彼の音楽には、歌であれ、語りであれ、人声がよく使われている。そのボイスの使い方が、僕には気持ち良いようだ。フィレンツェ生まれの現代のルネサンス人なんて言えるかもしれない。ブソッティに触れるには、「ラーラ・レクイエム」「ベルククリスタル」「ロレンザッチョ交響曲」がカップリングされたグラモフォンの20thクラシック・シリーズが最適と思う。(POCG-3144/5)

BUSONI,Ferruccio フェルッチョ・ブゾーニ (1866-1924:イタリア)

 ブゾーニと、ブソッティはそれなりに、間違いやすい。両者とも、イタリアの作曲家だが、ブゾーニの方が、一世代若い。ドビュッシーと同時代ということになる。実は、ブゾーニは、別にマイナー作曲家ではない。ただし、大作曲家ではない。なにしろ、ブゾーニの代表曲が悪い。まず、1917年に、オペラ「トゥーランドット」を書いた。しかし、このカルロ・ゴッツィの名作劇は、ご存じのように(未完成ではあるが)、大作曲家プッチーニによってオペラ化されてしまった(1924年)。それより、100年以上前に、大作曲家ウェーバーも付随音楽にしている。見事に、眩んでいる。それから、「ファウスト博士」というオペラも書いた(1924)。こちらは、マーローの「ファウスタス博士」によるリブレットなので、実際は違うのだが、ご存じ、グノー「ファウスト」(1859年)の知名度の前に、見事に霞んでいる。確かに、音楽以外の所を比べるのは汚いし、トゥーランドットも、ファウストも、多くの作曲家によって取り上げられてきた題材だ、文句はない。しかし、マイナー作曲家は、そうやって比べられる運命にある。ブゾーニは、リストなどと同様にヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして世界的名声を博した。おもしろいのは、彼の音楽が、擬古典主義的なのに対し、その思想がラディカルなことだ。「音楽芸術の新美学的構想」では、未来音楽のあり方を規定している。それは、過去の法則には関わりない、新しい音組織として、微分音を提唱している、というか、過去の音素材が、微分音にとってかわるべきだ、と言っているのである。彼は、モダニスト、20世紀音楽の根源なのである。もし、あなたが、ピアノを弾くのなら、「対位法的幻想曲」と、6曲のソナティナは「弾いてみる」といいかもしれない。でも、やはり、ブゾーニは、理論家としての評価が高いので、「音楽芸術の新美学的構想」を「読んでみる」と良いかもしれない。

SKRIABIN,Aleksandr アレクサンドル・スクリャビン(1872-1915:ロシア)

普通のピアニスト兼作曲家
 初めは、ピアニストだったんですよ。まあ、それも、リストと並ぶテクニックで、ラフマニノフとともにロシア・ピアノ界の逸材というんだから、これはすごいです。それから、ちょっと作曲なんて始めちゃうわけです。一応、後期ロマン派なんですけどね、最初の頃、書いてたのは、ショパンの亜流のようなピアノ曲で、ちょっと進んで、まぁ、いうなれば、戦乱への不安から反伝統の立場をとり、退廃に美を求めたって感じの世紀末にありがちな作曲家になってきたわけです。
神がかる
 最初のつまづきは、たぶん、学生時の右手の完全麻痺。練習のし過ぎが原因らしいけど、彼の苦悩は大きく、将来に絶望した彼は、哲学書に救いを求めると共に、宗教や神秘主義に手をだしちゃう。ま、この麻痺は完治したんだけどね。1899年から着手された彼の交響曲第一番は、なんと、「芸術賛歌」。やばいです。彼は、カント、ヘーゲルなどのドイツ古典哲学から、ニーチェに至る思想を横断し、「芸術に栄光あれ!永遠に栄えあれ!」というニーチェ的な自作の歌詞を第6楽章で繰り返し歌わせているわけです。かなりキてます。
 そうはいっても、例えばバッハさんみたいに音楽で神に奉仕しようっていうのは、敬虔な音楽家にはあること。スクリャビンは、音楽そのものを神・宗教みたいに考えたわけです。つまり、音楽によって人を救済し、新しい存在の様態へと導こうってね。これも、ヴァーグナーとか、シュトックハウゼンとか、芸術をやるような人の中ではそれほど奇異じゃないです。ところが、スクリャビンは一歩進めた。芸術による人々の救済、新しい存在の様態への導入の究極に「法悦 −extase」なんてものを持ち出して来た。
 科学と哲学と宗教の総合を目指したソロヴィヨフって人の神人思想に没頭して、ブラヴァツキーの神智学とかに手を出し、んで、自分を「神人」だと認識したのが、交響曲第4番『法悦の詩』の頃。ああ、もう狂っちゃった。
「色光ピアノ」
 そして、交響曲第5番「プロメテウス−火の詩」になると、「色光ピアノ」なる楽器を持ち出してきた。。スコアの一番最上段に楽譜で示されているが、鍵盤は音響をもたらすのではなくて、演奏会場に強烈な着色光線を映し出すというもの。一オクターヴ内の十二の音、及び、十二の調に、12の色彩を与え、それぞれに象徴的な意味づけを行った。グラデーションは5度圏にしたがって、配列されており、それは、次のよう指定されている。

   《音高スペクトルと色彩スペクトルの照応表》
  C(赤=人間の意志)  G(橙=創造の戯れ)
  D(黄=喜び)     A(緑=物質)
  E(空色=夢)     H(青=瞑想)
  Fis/Ges(明るい青菫色=創造性)
  Cis/Des(菫色、紫=創造する精神の意志)
  As(菫色またはライラック=物質に対する精神の働き)
  Es(鋼鉄のような輝きを持った肌色=人間性)
  B(薔薇色または鉄の灰色=強い欲望と情熱)
  F(深い赤=意志の多様化)

 ま、結果的に、この色光ピアノの使用は、不成功で、スクリャビンは英国レミングトン社の機械がうまく動かなかったって文句を言ってるけど。そして、彼の究極の目標が、『神秘劇』。それは、音楽、詩、色、光、芳香、舞踏、建築という、あらゆる感覚に基ずく総合芸術であり、肉体的世界を宗教的充足感、すなわち、法悦への導く儀式意外のなにものでもなかった。そして、彼はサンスクリットをベースにした人工言語による、テクストを意図し、イスラムのスーフィーの舞踏に陶酔し、舞台にインドやチベットの寺院を考え、さらに、芸術的であると同時に典礼でもある『神秘劇』という行為の中に、自然そのものの空気を循環させることを計画していたらしい。おまえは神か!
『神秘劇』は、あらゆる刺激の手段、あらゆる「感覚の愛撫」を用い尽くして、恍惚境へ飛翔しようとする祭式であり、「聖なる寺院よ、心の焔で燃え上がれ/燃え上がれ、神聖な焔となれ………収斂した最後の瞬間に/我々の瞬間から、永遠を/竪琴の最後の音に投げよう/そして融けていく、エーテルの渦に」。『神秘劇』の実現可能な形として、『序幕』のテクストをスクリャービンはこのように書いた。そして、音楽のスケッチを始めたものの、炭疽病を媒介する蠅に唇を刺され、敗血症にかかって死んでしまった。享年、43歳。でも、この人生きてたら、20世紀のクラシック界はすごいことになってたかも。

Rec・om・men・da・tion

ピアノ曲「焔に向いて」
 死の直前、1914年のピアノ曲。もう、最後と言っていい。スクリャビンは『プロメテウス』以来、焔が好きで、「聞け!この音楽はまさに焔だ!」とか言ってる。この曲の楽譜がうちにあるんだけど、どう弾いても、あってるのかどうか分からない。しかし、この曲は、まさに焔だ!ここでは、「スクリャービン----自作自演奏と信者たち」というCDから、信者の方ウラジーミル・ソフロニツキイの演奏を推薦しておこう(KKCC-136)。このCDとアシュケナージの「スクリャービン:ピアノ・ソナタ全集」(POCL-2082/3)を揃えれば、ピアノ曲に関しては無敵だが、僕としては、ホロヴィッツの演奏モノの欲しいところ。
管弦楽曲『プロメテウス----火の詩』
 ちょっと手に入りにくいものを推薦してなんだが、ベルリン・フィルの演奏会のVTR(LD)を推薦したい。クラウディア・アバド総監督・指揮によるベルリン・フィルの1992年5月の定期演奏会で、アバドは、神話に基ずく音楽的変奏「プロメテウス」と題し、ベートーヴェン、リスト、ノーノ23 のプロメテウスに関する曲と共に、スクリャービンの『プロメテウス −火の詩』をメインに取り上げた。色光ピアノの変わりに、最先端のディスコなどで使われるライトを改良したものを会場に設置し、会場に、文字通り強烈な光を照射した。このコンサートの映像化にともない、映像演出のクリストファー・スワンは、さらに、青く燃える、爬虫類の舌のような焔を、ピアノを弾く、マルタ・アルゲリッチにダブらせた。こ、こわい!いや、失礼、その映像と、音楽は、まさに、「色が、変化する炎が空間を満たす。次第に激しく、燃え上がる」という言葉通りで、スクリャービンが現在によみがえり、会場のドレスアップしたおばちゃんたちを凝固させていた。
 管弦楽曲の音源に関しては、管弦楽作品集がいくつか出てると思うが、あの「神秘劇」の序幕をA.ネムチンの補筆完成させた「世界 Universe」も聞ける、モスクワ音楽院大ホールでのライブ版を推薦しよう。CD4枚組(KKCC-6505/8)。

NIELSEN,Carl カール・ニールセン(1865-1931:デンマーク)

ニールセンその人について
このおじさんが、ニールセンさんです。若い頃のポートレートは結構美形です。なんといってもスカンジナビア系(偏見か?)。ほとんどの音楽辞典にのってます(カルル・ネルセンの場合もあり)。北欧といえば、作曲家は結構多いけど、デンマークというと少ないですね(ギター・ポップでもそれほど目立ちませんが・・・)。

ニールセンの演奏
 よく6月くらいになると、コンサートとかで北欧の特集みたいなのがあって、「北欧の清澄」とかいってね。でも、たいてい、グリーク(ノルウェーの大作曲家)、シベリウス(フィンランドの大作曲家)どまりで、なぜか、メンデルスゾーン(ドイツの作曲家)とかがカップリングされてくる。それも「スコットランド」(メンデルスゾーンの交響曲第3番のこと。彼がスコットランド旅行の印象で作曲)スコットランドって北欧か?ヨーロッパの北ではあるけど。北欧っていったら、スカンジナビア三国でしょ。ノルウェー、スウェーデン、デンマークだよ。ノルウェーのグリーグはいいよ。スウェーデンならステンハンメル、デンマークならニールセンを演るべきだ。これが北欧出身の指揮者なんかでもあまりやってくれない。(オッコ・カム、おまえだよ!)  特にニールセンは演奏会の機会が少ない。彼の本分はシンフォニーだが、シンフォニーは演奏会の華。知らない華では、集客に響くのだろうか。オール・ニールセン・プログラムなんてもってのほかだ。僕の経験では、1994年3月、日フィルが第458回定期で、前半に、ニールセンの交響曲6番「シンプル」(指揮オッコ・カム)を演り、後半は芥川也寸志とヤナーチェクだった。されから1996年4月、都響が「遥かなる北欧の心」と題した426回定期で、交響曲4番「不滅」(指揮、大友直人)を華として演奏した。しかし、このプログラムにもシベリウスの「大洋女神」とともに、ブラームスのヴァイオリン協奏曲が入っている!ベートーヴェン、メンデルスゾーンのコンチェルトとともに、三大ヴァイオリン協奏曲といわれるあの名曲(=有名な曲)だ。コンチェルトは当然ゲストを必要とする。この日は、オーギュスタン・デュメイが呼ばれていた。ま、都響のヨーロッパ公演でコペンハーゲンにもいくので、ニールセンをやっておきたかったというのが本音だろうが、それにしても・・・。あっ、もちろん、コンサートでの演奏は素晴しいもので、「不滅」のあの超が三つくらいつくスケールの大きさは観客を魅了してやまなかった。シベリウスの「大洋女神」なんて、忘れるくらい。コンチェルトもニールセンのものにしてほしかった。あんまり書くと怒られるな。

デンマークの作曲家
 別に、デンマークって、椅子とかばっかり作ってる国ってわけじゃないんだな。有名なデンマークの人っていったら、アンデルセン?キルケゴール?それとも、・・・?ま、とにかく、デンマークなんて作曲家がほとんどいないんだから。バッハの時代にブクステフーデでしょ。あとピアノ教則本のクーラウ。ニールセンのお師匠さんのガーデ(ゲーゼ)さん。あと、現代ではペア・ノアゴー。なんて一人でも知ってる?

Rec・om・men・da・tion

交響曲
ニールセンはシンフォニストとして知られる人で、生涯に交響曲を六つ残しています。音楽的には4番と5番の評価が高いようですが、いずれも勇壮で透明感があって、ときおりシニカルでいいです。特に第4番「不滅」は、名曲で、カラヤンもバーンスタインも演ってます。このCD(top)はエサ・ペッカ・サロネンのものですが、僕はこのテンポが好きです。2人のティンパニー奏者のソロパートがもう少し聞こえてくるといいのですが。
協奏曲
このCD(middle)はニールセンのコンチェルトのコンプリートです。ヴァイオリン、フルート、クラリネットの三つの協奏曲を収めています。彼がヴァイオリニストだったということもあって、ヴァイオリンの作品はおすすめです。ヴァイオリンコンツェルトはコンサートなどでもっととりあげるべきピースですね。クラリネット協奏曲は、なんとあのベニー・グッドマンも録音しているのでそちらもお勧め!
ピアノ曲
あまり評価されていないようだけど、ニールセンのピアノ曲は、同時代のシベリウスのものに比べて遜色がないどころか、より緻密であり、大胆な手法も試みられており、重要度は高いように思える。特に交響曲4番と同じ年に作られた「シャコンヌ」はすごい!!最近、北欧の若手(しかも美少年系)ピアニストが世界に流出しているので、これからもっと紹介される機会の増える作品群である。CD(bottom)はノルウェーのレイフ・オヴェ・アンスネスによる最新の録音である。
歌曲
ニールセンの仕事の中で交響曲につぐ評価を得ているのは、デンマーク語による歌曲です。特にお勧めCDはありませんが。

ハンス・ロット(1858-1884:オーストリア)

まず夭逝とは?
 ハンス・ロット。この名前を聞いたことのある人はそういないだろう。そして、年代を見て驚くのは、その生存期間の短さである。25才にして死んでいる。なるほど、この人も「夭逝の」というイメージで有名な人なんだ。いいや、違う違う。この人、有名ではないのだ。いわゆるメジャー作曲家たちの中で、もっとも夭逝なのは誰だろう。ううむ、20代というのは、なかなかみあたらない。早死のイメージのあるのは、シューベルト(31才)、 モーツァルト(35才)、ビゼー(37才)の三人だが、ご覧の通り。名のある20代で死んだ作曲家といえば、ナポリ楽派のペルゴレーシ(26才)、日本では有名な滝廉太郎(23才)ぐらいである。(ジャズならジミー・ブラントン、チャーリー・クリスチャン、ブッカー・リトル、クリフォード・ブラウン、スコット・ラファロなどが26才未満で死んでるけど)別に早く死ぬことが偉いということではないが、夭逝していながら、作品が残っているということは、必然的に若くして才能に恵まれていたということになる(それが偉いのかといわれるとなんともいいがたいが)。ちょうど同時代を生きた詩人のA.ランボー(1854-91=37才で死去)がそうであるように。

ロット発狂と死
 さて、ハンス・ロットであるが、ロットは喜劇役者の父のもとにウィーンで生まれている。母は、彼が2才の時亡くなっており、父も舞台での事故で、彼が18才の時に死んだ。彼は学業を収めるのに非常に苦労する。ブルックナーのもとでオルガニストをし、音楽院ではマーラーとともに学んだ。1878年ごろから、彼は定職を得ることができなくなった。そして、ある日、彼の支援を得ようとブラームスを訪ねた。しかし、ブラームスは彼のシンフォニーにひどい評価を与えた。その後、ミュールハウゼン行きの列車の中で彼は発狂したという。精神病院に送られたロットは妄想性精神疾患、誇大妄想狂と診断される。精神病院にいったのは、シューマンが有名だけど、その後も彼は、「人間の作ったものには価値がない!」といいながら、自作の弦楽六重奏の楽譜をトイレットペーパーがわりに破り去り、ついには、その肉体まで患い25才という若さでこの世を去るのである。

ロットの作品  
 こうして、ロットの作品でなんとか残っているのは、彼が20才の時に書き、音楽院の作曲コンクールに提出した60分を超す交響曲ホ長調のみである(残念ながら優勝はマーラーのピアノ五重奏だった)。結局、彼はブラームスより遅く生まれて、早く死んだ、ちょっとあわれな青年だったわけだ。しかし、20才で書かれたこの交響曲はブラームス、ブルックナー、ヴァグナーの響きを感じさせる。もし、彼が長生きしていたらなどという仮定は無意味だけど、同胞マーラーと並んで、新しい交響曲の担い手たりえたという評価もある。

Rec・om・men・da・tion

交響曲ホ長調
ファン(じゃないけど)としては、発狂した後の彼のシンフォニーなり、トイレットペーパーになった弦楽六重奏(「六」というあたりが少し病的だが)なりを聞いて見たいところであるが、しかたない、これしかないんだから。このCDは、レイフ・セーゲルスタム指揮ノールショピング交響楽団のもの。このCDがなければ、僕もロットとは出会わなかった。セーゲルスタム自身が交響曲作曲家であるからだろうか、この選曲は?


 
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